稀なるものを求めて

非日常を求めて、今日もぶらぶら

東京都に残された〝秘境〟檜原村に行ってみた

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都心から電車とバスを乗り継いで約2時間。東京都で唯一(島嶼部除く)の村である檜原村を訪ねた。

 

人口は約3000人。バスからの景色を眺めるだけでも、ここが東京か!?と思うようなゾーンだ。村内にコンビニがないとは聞いていたが、スーパー、クリーニング屋など、およそ街にありそうな商店は何も見当たらない。秋川の渓流沿いにポツンポツンと家が連なり、ところどころに登山・ハイキング客用の手打ちそば屋や川魚屋など、飲食店があるばかりだ。さすが「村」。

 

だが、バスから降りてしばらく歩くうち、私はすっかりこの場所が気に入ってしまった。5月初旬という季節のせいもあろうが、道路から全方位に見える木々の緑が美しく、キラキラしている。下を見れば、透明で川底が丸見えの秋川。木のにおいがあたりに立ち込め、気分が良くなってくる。

 

まず訪れたのは郷土資料館。(http://www.vill.hinohara.tokyo.jp/gyousei/02_sisetu/07_siryoukan.html

 
農作業や養蚕の道具、熊やタヌキなどのはく製が飾られていて、村の歴史や地形、産業がよくわかる。鎌倉時代のものだという中世の領主の甲冑の残骸や、地元の人が大蛇の骨と勘違いしていたといいうニホンオオカミの骨など、レアな「お宝」もちらほら。東北地方の鹿踊り(ししおどり)を思わせる伝統の獅子舞や、素朴な神楽など、古式を残す祭りの様子もビデオで鑑賞することができる。
 

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次いで、村役場方向に30分ほど歩いたのち、山の中の側道を10分ほど進み、日本の滝100選に選ばれたという「払沢(ほっさわ)の滝」へ。規模こそ大きくないが、澄んだ水に囲まれた独特の空間は「聖域」といった風情で、思わず見入ってしまった。冬季には完全凍結するという。

 

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滝から戻ると、最後の目的地である温泉「数馬の湯」

http://spa-kazuma.com/

へ。が、グーグルマップでは徒歩だと片道4時間かかるという衝撃の試算が。「村」は意外と広かった。で、1時間に1本ほどあるバスを待とうとしたが、GWで増便しているらしく、ラッキーにもすぐに乗れた。

 

バスでひたすら山道を揺られる。途中、「人里」と書いて「フンボル」と読む独特の地名の集落を通過。集落を意味するモンゴル語か韓国語が語源だそうで、昔、渡来系の人がここに住んだ名残という説もあるそうだ。30分ほどで「数馬の湯」に到着。素朴なつくりだが露天風呂もあり、旅の疲れがとれる。あまり混んでいないのもいい。帰りのバスは1時間半後なので、付属の食堂で舞茸そばと地元産という「じゃがいも焼酎」をいいただきながら、しばしまったりした時間を味わった。

 

山梨や長野なら普通の光景なのかもしれないが、ここが「東京都内」であるということに一種の奇跡を感じる。開発から取り残された山間部の地域、という事前の先入観は木っ端みじんに打ち砕かれ、ここは首都東京の持つ偉大なる楽園だ!と、すっかりファンになってしまったのだった。

高野山で受けた「結縁灌頂」の儀式が凄かった

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こどもの日の5月5日、以前から気になっていた和歌山県高野山へ一人旅を試みた。弘法大師空海が開いた1200年の歴史を誇る霊場で、高野山真言宗の総本山だ。事前に調べた情報で、この日は年2回ある「結縁灌頂」(けちえんかんじょう)という儀式を受けられる期間の最終日だったので、せっかくなので体験してみることにした。

 午前11時前にケーブルカーで山上に着くと、受付のある「根本中堂」へ迷わず直行。金色の仏像が居並ぶ極彩色の部屋の片隅で、僧侶に3000円の料金を支払う。長蛇の列が待っているかと思いきや、意外にも10分後の回に参加可能とのこと。周囲に観光客はたくさんいるのだが、あまり宣伝していないからだろうか。

 

※ここから先は、いわゆる「ネタばれ」になるので、これから体験してみようという方は見ない方がいいかもしれない。

 

時間になると「金堂」に入り儀式開始。案内役の僧侶にいきなり「おめでとうございます」と挨拶される。これから仏様とご縁を結ぶことができるわけだから、ともかくおめでたいということらしい。薄暗い部屋で20人ほどの参加者たちが「南無大師偏照金剛」と唱え続けると偉いお坊さん(が、見た目は30代半ばくらい)が登場し、説法。仏教の「十戒」をお坊さんに続いてみんなで唱える。殺したり盗んだり、ウソを言ってはいけないという戒律だ。

 

奥の間に通されると、いよいよ「秘儀」めいた雰囲気が漂ってくる。なんと、参加者は紙で目隠しをされ、印を結んだ両指を前を歩く人の背中に突き立てた感覚だけを頼りに、何も見えない中を進んでいくのである。説明によれば「仏様の中に入った感覚を味わってもらうため」なのだとか。ただ、係の僧侶たちがとても親切に誘導してくれるので、安心感はある。この間、「おんさんまやさとばん」という真言サンスクリット語の呪文のようなもの)をずっと唱え続ける。かなり長い時間この状態が続くので、催眠術にかかったような不思議な感覚があった。知ったように解説するならば、目隠しされるという非日常感覚と、ひたすら繰り返される呪文の効果で一種のトランス状態を作り出す、というところだろうか。

 

その後、僧侶の誘導に従って到達した地点で指の間に挟んだ葉を落とすと、「大日如来!」の声がかかる。目隠しを外して見てみると、葉は曼荼羅図の中心にある真言宗のご本尊である大日如来の絵の上に落ちていた。これで仏様と自分のご縁が結ばれた、とのこと。実感はないものの、何か一つの儀式をやり遂げたという謎の満足感があった。

 

その後、健康診断の問診のような個別面談ブースに通される。偉い僧侶から頭に水をかけてもらい、独鈷杵のような器具を合掌した手にあてがわれて何事か呪文を唱えられる。そして、鏡に映った自分の顔を見せられ、「これが仏様となったあなたのお顔です」というようなことを言われた。いつもの自分の冴えない顔・・と思ったが、心なしか、穏やかな表情になっていたかもしれない。

 

最後に、僧侶から今日使った目隠しに御朱印を押したもの、大日如来と書かれた紙に今日使った葉っぱを包んだもの、和紙でできた「結縁灌頂お守り」、「結縁灌頂血脉」という弘法大師様の絵がかかれた目録のような紙の4点の品をもらい、90分ほどの儀式は終了となった。

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仏教の知識がないためよく分からない部分は多かったものの、普段、お寺や神社に参拝してもお賽銭を入れて拝むだけで、こんなディープな世界は見たことがなかった。歴史ある高野山という最高の舞台と、本物の僧侶たちの息遣い。「宗教とはこういうものか!」という迫力を肌で感じることのできる、稀有な体験だった。「結縁灌頂」の期間は5月と10月にあり、「高野山真言宗総本山金剛峯寺」のHPで確認できる。信徒にあらずとも、これは一度、経験する価値がある。(2016年5月6日)